概要

日本人からすればヒトラーという名を聞くと危険なイメージが湧きますよね。

第二次世界大戦の引き金を作ったイメージやナチ党を率いて独裁を行ったり、ユダヤ人を迫害したりして自分の演説で大衆を地獄へ導いたと考えている人が多くいると思います。

しかし、実はヒトラーは凄い指導者だったという一面もあるのです。

今回はそんなヒトラーのあまり知られていない凄いリーダーシップについて紹介していこうと思います。



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ヒトラーの魅力は演説力?その圧倒的な実力とは!

ヒトラーの演説力が高かったことは有名ですよね。彼には演説の才能が誰よりも確かにありました。

しかし彼にはむしろ演説の才能以外なかったのです。

彼は16歳と時に日本でいう中学校のような実業学校というところを退学しています。この退学理由が素行不良などではなく、純粋な学力不足です。

彼は圧倒的に通常に人よりも学問ができませんでした。これは想像を絶するほどにできなかったようです(大汗)

通常の場合には退学するほどの学力不足というのは、多くが勉強をそもそもしていない場合が多いのですが、彼は全力で誰よりも努力し試験で何度も不合格を叩き出しています。

当時の教師たちも意味がわからなかったことでしょう。彼はなぜこうも勉学の才がないのかと。

その後、彼は芸術の道に進みますが、芸術の才もありませんでした。彼の絵は現代、時に賞賛されますが、その絵は才能などの感性を刺激し描いたものではなく知識で描いた作品と言われます。そのため芸術学校も能力不足で退学します(汗)

知性も感性も否定されたヒトラーはその後、人生に迷い続ける期間がありホームレスにまで堕落します。彼をここまで落ちぶれさせたのは神が彼に才を与えなかったからです。

しかし、そんな彼を救ったのもまた神から授けられた才でした。その才というのは「演説の才」です。これは分かりやすく言うと「説得力」ということになります。彼は持って生まれた圧倒的な説得力があったのです。

これをナチ党という政党に評価され、その後は皆さんの知るとおりの人生です。

この「演説の能力」というのは、よくすべてが才能によるものと言われがちですが、そうでもありません。もともとヒトラーは努力家です。ただ、すべての物事が全力で努力してもうまく行かなかっただけで努力自体はできる人間です。

そのため、ヒトラーは自分に演説の才があると気づくと演説の能力を磨く努力に全力を注ぎます。彼の演説には仕草や声のトーンなど多くの技巧が組み込まれています。

また話の構成も計算され尽くしたものでした。思いつきで思いっきり話している演説のように見えますが、実はすべて現行の元で計算され尽くした演説だったのです。

彼の話の構成は基本的には4部構成です

(1)まずはじめにピンチな状態を認識させ、次にそれを解決する具体的な目標を民衆に提示します。
(2)これにより自分がアイデアを持っていることを示し、普通の人間ではないことを明らかにします。
(3)そして明確な敵が何なのかについて説明します。
(4)この時には具体的な名詞で表現します。ふわふわとしたこんなもの。という言い方は絶対にしません。

よく現代人は「今、世の中がダメなのは景気のせい」というふわふわした原因を堂々と言いますが、あれは全く意味がありません。その景気の原因が何なのかを言うべきです。ヒトラーはこの時に具体的に国や人物名を出しました。

そして最後に自分がこれからその原因に対し何を行うのかを一言で言います。ちなみにこの4部構成のストーリーを話す際は声のトーン、つまり大きさや高さを徐々に上げていくという高等テクニックもヒトラーは使っていました。

彼の演説がこれだけ計算されていて、才能だけでなく努力によっても生み出されていたのは意外だったのではないですか?

ヒトラーの本当にすごいのは天才的な組織運営術!現在の経営にも活かせるその方法とは?

ヒトラーが素晴らしいのは演説だということは多くの人が知っています。

しかし、ヒトラーの凄さの本質はそこではありません。演説とは手段でしかなく目的ではありません。

では、目的は何なのかというと目的はドイツという国、つまり組織の運営です。国を自分の思う方向に動かすために演説という手段を使っただけで他に手があるのなら別にそれでもよかったのです。

しかし、ヒトラーには演説の才能しかありませんでした。それ以外のことは普通にすることすらできない人間でしたので自分に与えられたカードをうまく使っただけです。

ヒトラーは自分が人間を支配することで国を動かし大きな権力を手にできると考えていました。ナチ党のリーダーになった頃には少し人間として壊れかけていた彼ですが、リーダーとしての合理的な手法は大きな結果をもたらしています。

日本人はよく偉人や組織のトップに聖人君子を求めますが、自分はどうなのでしょう?

「凄い人はもっと世のため人のために頑張ってほしい、自分の思うような行動を取ってほしい!たくさん褒めてあげるから!まぁ私は頑張らないけど」と考えるのはあまりに身勝手ではないでしょうか?

素晴らしい人間だからリーダーになれるのではないのです。とにかく所属組織に利益をもたらすことができる人間がリーダーになるのです。そしてそれが相応しいリーダーなのです。

そうでなければ人間性だけよくて無能なリーダーが次々に生まれてしまいます。リーダーというんは常に合理的で先見的判断を求められます。ヒトラーもそうでした。

しかし、時にそれは自分を苦しめます。リーダーとして組織の舵を取っているつもりでもいつの間にか組織に舵を取らされているというのは組織のリーダーの立場になったことがある人にはよくわかることでしょう。

そのため、ヒトラーの行った残虐なこともすべてが彼の意図するものであったとするのは少し無理があります。

彼のやった残虐な行動としてユダヤ人の大量虐殺がありますが、彼の母親はユダヤ人です。つまり彼自身にもユダヤの血が流れており、ヒトラーはユダヤ人です。

ナチ党がユダヤ人の大量虐殺を決めた際にヒトラーはどう思ったのでしょうか?その時に彼は何を思ったのでしょうか?

彼が独裁的な政治で世界を混乱に貶めたのは確かです。しかしヒトラーはなぜこのようなことをしたのでしょうか?

これは幼い頃から世の中が自分を認めてくれないことへの反抗心があったのではないでしょうか?

ヒトラーは幼い頃父親のアロイスから死ぬ寸前までの虐待を毎日受けていました。そして家庭は貧しく、私生児として生まれました。地獄のどん底からのスタートという感じですよね。

これだけの地獄を幼い頃から見れば世の中を見返したい。他人を自分の下に置きたいという気持ちが芽生えても仕方ないのかもしれません。

他人が「それでも独裁はダメだ!ヒトラーはダメだ!家庭環境は関係ないぞ!」というのは簡単ですが、実際に彼の幼少期から青年期までの人生を味わった後に同じことが言えるでしょうか?多くの人が間違いなく自殺することでしょう。

それでも必死に生きた若い頃の彼に対しては賞賛を与えてもいいのではないでしょうか?

まとめ

ヒトラーのやったことは確かに間違いです。しかし、当時の情勢やヒトラーの人生を入らずにただ、歴史の教科書で見ただけでヒトラーという人間を否定することはナンセンスです。

しっかりとした周辺事情をわかった上で彼の行動を見てみると賞賛できる部分も理解できる部分も見えてくると思います。確かに彼のやったことの中には大きく人として間違ったことがあります。

ユダヤ人の迫害などはその最たる例です。それは確かに事実であり、ドイツという国そして人類の負の歴史ですが、それを一方的に批判するよりも原因を追求し理解した方が建設的ではないでしょうか?

もし、この記事で歴史に興味を持ち、偉人についてもう一度知りたいと思った人は「織田信長は傍若無人?彼の本当の素顔とは?」という記事がありますのでそちらも見てみてください。

歴史がどれだけ一つの面しか映していないのかがわかると思います。彼らたちから現代のリーダーたちが学ぶべきことは多くあるのではないでしょうか?



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